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東京高等裁判所 平成5年(ネ)3303号 判決

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  被控訴人らの附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは各自、控訴人平岡千明に対し八七二九万〇七六〇円、同平岡秀雄及び同平岡とよ子に対し各一七五万円並びに右各金員に対する平成三年二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一・二審を通じてこれを三分し、その二を控訴人らの、その余を被控訴人らの各負担とする。

四  この判決の主文第二項1は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人らは各自、控訴人平岡千明(以下「控訴人千明」といい、他の控訴人らについても同様にいう。)に対し三億三二八九万三二九六円、同秀雄及び同とよ子に対し各一〇〇〇万円並びに右各金員に対する平成三年二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人らの附帯控訴をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  附帯控訴として

(一) 原判決中、被控訴人ら各自に対し、控訴人千明につき五七三一万四五八二円、同秀雄及び同とよ子につき各一七五万円を超えて金員の支払を命じた部分を取り消す。

(二) 右部分につき、控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一・二審とも控訴人らの負担とする。

第二当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目表八行目の冒頭から同一〇行目の末尾までを「控訴人千明は、いわゆる植物人間の状態にあり、常時介護が必要である。」に改める。

二  同四枚目表八行目の「・六三才」及び「・六一才」を削る。

三  原判決六枚目表二行目の「は、原告千明の症状は知らない、その余」を削り、同行の「認める。」の次に「控訴人千明は、本件事故発生以来現在に至るまで、高度の意識障害の継続するいわゆる植物状態にあり、しかも回復の見込みが全くなく、看護なしには生存することが不可能な状態にあるところ、植物状態患者の実態調査結果によれば、植物人間の状態に陥つている患者のうち一〇年を超えて生存する者は極めて低率であるから、控訴人千明の余命は症状固定時から一〇年程度として損害額を算定すべきである。」を加える。

同八行目の末尾に「入院雑費は四一万七〇〇〇円(一日一〇〇〇円の割合で四一七日分)、近親者付添料は九六万八四〇〇円(平成三年七月一二日から平成四年四月五日までの清水厚生病院における入院期間につき一日三六〇〇円の割合)、将来の介護料は一三八九万九〇六〇円(月額一五万円の割合で余命一〇年に対応するライプニツツ係数七・七二一七を乗じて算出)、将来の雑費は四六三万三〇二〇円(月額五万円として右同様に算出)、逸失利益は四三五四万九一五五円(控訴人千明の年収五三七万八七六三円、労働能力喪失率一〇〇パーセント、就労可能年数三四年に対応するライプニツツ係数一六・一九三を乗じ、生活費として五割を控除して算出。)、傷害慰謝料は二五〇万円、後遺症慰謝料は二〇〇〇万円、控訴人秀雄及び同とよ子の慰謝料は各二五〇万円、弁護士費用は零(控訴人秀雄は、被控訴会社が契約している保険会社からの損害金内払いの申入れを拒否し、右保険会社等に対して執拗に無理な要求をし、控訴人ら自らが話合いによる解決ができない状況を作り出した。その結果、控訴人らは弁護士を依頼して本件訴訟に至つたものであるから、被控訴人らに弁護士費用を負担すべき義務はない。)とするのが相当である。」を加える。

同行の次に行を変えて「3 5の事実を認める」を加え、同九行目の「3」を「4」に改める。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生

請求原因1の事実は、事故態様を除き、当事者間に争いがない。

二  被控訴人らの責任

請求原因2の事実は当事者間に争いがなく、右の事実によれば、本件事故により控訴人らが被つた損害につき、被控訴人田代は民法七〇九条、被控訴会社は自動車損害賠償保障法三条により、それぞれ賠償責任がある。

三  控訴人千明の傷害及び後遺症

請求原因3の事実は、当事者間に争いがない。証拠(控訴人秀雄本人)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人千明は、現在、遷延性意識障害で、四肢が僅かに動くだけで、食事は、経口摂取が不能のため、管を胃の中まで通して、流動食を摂取しており、尿は失禁状態にあり、いわゆる植物人間の状態で、自宅において療費していることが認められる。

四  控訴人らの損害額

1  控訴人千明

(一)  控訴人千明の推定余命年数

証拠(乙二三の1ないし5、二四)によれば、自動車事故対策センターが昭和五四年八月にいわゆる植物状態患者に対する介護料の支給を開始して以来平成二年三月末までに一七九四名の受給者があつたが、そのうち一四四名(八・〇パーセント)が植物状態から脱却し、九二五名(五一・五パーセント)が死亡し、五八六名が引き続き受給中であるところ、脱却者のうち半数以上の者が事故後四年以内に回復し、そのうち約六〇パーセントを二〇歳台以下の者が占めており、若年層ほど回復の可能性が高いこと、死亡者のうち交通事故発生から死亡時までの経過年数が五年未満の者が六一四名(六六・三パーセント)、五年以上一〇年未満の者が二〇二名(二一・八パーセント)、一〇年以上一五年未満の者が七七名(八・三パーセント)、一五年以上二〇年未満の者が二八名(三・〇パーセント)、二〇年以上の者が四名(〇・四パーセント)であつたこと、受給中の者のうち交通事故発生からの経過年数が五年未満の者が二七一名(四六・二パーセント)、五年以上一〇年未満の者が一八〇名(三〇・七パーセント)、一〇年以上一五年未満の者が八三名(一四・一パーセント)、一五年以上二〇年未満の者が四三名(七・三パーセント)、二〇年以上の者が九名(一・五パーセント)であることが認められる。右の事実及び前記三の事実並びに控訴人千明の症状の固定時が本件事故から約一年後の平成四年三月二〇日であること、当審の口頭弁論終結時が平成六年三月三〇日であること等を総合勘案すると、右口頭弁論終結時から約一〇年間(本件事故時から約一三年間、症状固定時から一二年間)であると推定するのが相当である。

(二)  次の損害額については、当事者間に争いがない。

(1) 治療費 二五九万一七九五円

(2) 近親者通院交通費(ホテル代を含む。) 一三八万一六九〇円

(3) 病院移送費 一九万一四七〇円

(4) 医師謝礼 二〇万円

(5) 休業損害 五八九万四四〇〇円

(6) 付添看護料 一七〇万三一一七円

ただし、川崎中央クリニツクにおける職業的付添看護料

(三)  入院雑費 五二万一三〇〇円

控訴人千明の傷害の程度等に照らし、一日当たり一三〇〇円が相当と認められるので、本件事故時から症状固定時の平成四年三月二〇日までの入院期間四〇一日分の合計は五二万一三〇〇円となる(症状固定後については、後記の将来の雑費に含まれるとみるべきである。)

(四)  近親者付添料 一一三万八五〇〇円

控訴人らは、控訴人千明の全入院期間につき、控訴人秀雄及び同とよ子が交替で付き添つたので、一日当たり四五〇〇円の近親者付添料が本件事故と相当因果関係のある損害である旨主張するところ、弁論の全趣旨によれば、控訴人千明の入院期間中、父である控訴人秀雄及び母である同とよ子が交替で付添看護に当たつたことが認められるが、前記(一)(6)のとおり川崎中央クリニツクにおける入院期間中には職業的付添看護人を付していたのであるから、それに加えて近親者が付添看護をしたとしても、その分は本件事故と相当因果関係にある損害とはいえないというべきである。したがつて、近親者付添看護料としては、清水厚生病院に入院中の平成三年七月一二日から症状固定時の平成四年三月二〇日までの二五三日間につき一日当たり四五〇〇円、合計一一三万八五〇〇円が本件事故と相当因果関係のある損害であると認める(症状固定後については、後記の将来の介護料に含まれるとみるべきである。)

(五)  将来の介護料 二四六四万八三〇四円

証拠(甲二ないし六、控訴人秀雄・同とよ子各本人)によれば、控訴人秀雄(昭和四年六月七日生)、同とよ子(昭和六年九月二二日生)及び同控訴人らの長男義朗(昭和三一年一〇月三一日生)の三名で、自宅で控訴人千明(昭和三三年八月二五日生)の介護をしていることが認められる。控訴人らは、控訴人秀雄及び同とよ子が老齢であるため、早晩専門の介護者を必要とするとして、一日当たり一万五〇〇〇円の介護料を請求しているが、現在、家族が介護しでいる状況に照らして、直ちに採用することはできない。しかし、前掲各証拠によれば、自宅における介護がかなりきつい仕事であることが認められるので、将来の介護料としては一日当たり八〇〇〇円が相当であると認める。

そうすると、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、次の算式により、将来の介護料の本件事故時の現価は二四六四万八三〇四円となる。

8,000×365×(9.3935-0.9523)=24,648,304

(六)  将来の雑費 六一六万二〇七六円

証拠(甲二ないし六、控訴人秀雄・同とよ子各本人)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人千明は尿失禁の状態にあるため、紙オムツやシーツを当てがつた上に、尿を溜める袋(尿キヤツチ)を当てがつたり、暖房や消毒に気を使つており、その費用として一日約二〇〇〇円を要しているほか、リハビリのためにマツサージをしたり、食事の中に市販の栄養剤を入れていることが認められるが、マツサージについては、将来の介護料の範囲内で賄うのが相当と認められ、また、栄養剤については、後記(七)の生活費の一部とみるのが相当であるから、将来の雑費としては、一日当たり二〇〇〇円が相当であると認める。

そうすると、ライプニツツ方式により中閤利息を控除すると、次の算式により、将来の雑費の本件事故時の現価は六一六万二〇七六円となる。

2,000×365×(9.3935-0.9523)=6,162,076

(七) 逸失利益 六四一七万六七一〇円

控訴人千明が昭和三三年八月二五日生であることは前記のとおりであり、同控訴人の平成二年度の年収が五三七万八七六三円であつたことは当事者間に争いがないところ、本件事故に遭遇しなければ、同控訴人が症状固定時である平成四年三月二〇日(控訴人千明が三三歳時)から三四年間程度就労可能であつたというべきであるから、ライプニツツ方式により中間利息を控除し、かつ、前記(一)に説示したところに従い、症状固定時から一二年後からは生活費として五割を控除すると、次の算式により、逸失利益の本件事故時の現価は六四一七万六七一〇円となる。なお、被控訴人は、控訴人千明の後遺症は通常の場合と異なり、稼働能力の再生産に要する生活費の支出を免れることになるので、全期間を通じて五割の生活費控除をすべきである旨主張するところ、同控訴人が入院している場合には、栄費補給費を含めた治療費が生活費に相当すると言えるとしても、同控訴人は、前記三に認定したように自宅療養をして、流動食を摂取しているのであつて、生命維持のための生活費を要することは明らかであるから、右主張は採用することができない。

5,378,763×[(9.3935-0.9523)+(16.3741-9.3935)×0.5]=64,176,170

(八) 控訴人千明の慰謝料 二五〇〇万円

控訴人千明の前記傷害及び後遺症の程度等に鑑み、慰謝料としては、傷害及び後遺症分として二五〇〇万円が相当であると認める。

(九) 小計 一億三三六〇万九三六二円

2 控訴人秀雄及び同とよ子 各二五〇万円

控訴人秀雄及び同とよ子が控訴人千明の父母であることは前記のとおりであり、控訴人千明が本件事故により、いわゆる植物人間の状態になつたことに照らすと、控訴人秀雄及び同とよ子に対する慰謝料としてはそれぞれ二五〇万円が相当であると認める。

五  過失相殺

証拠(乙一ないし一〇、一三)によれば、本件事故現場付近は、車道幅員七・一メートル、片側一車線のアスフアルト舗装の直線道路で、速度が時速四〇キロメートルに制限されており、横断歩行者用の押しボタン式の信号機の設置されている横断歩道があつたこと、本件事故当時においては、道路沿いに街路灯が点灯していて割合に明るく、対向車も少なく、前方約一〇〇メートルは見通せる状況にあつたこと、横断歩行者用の信号機の押しボタンを押してから車道用の信号機の信号機の色が青色から黄色に変わるまでの時間は交通量等により一定していないが、押しボタンを押すと間もなく車道用の信号の青色が黄色になり(三秒間続く。)、次いで車道用の信号機と横断歩行者用の信号機が共に赤色の状態が二秒間続き、次いで横断歩行者用の信号機が青色となり一三秒間続くこと、被控訴人田代は、被控訴人車を運転して本件事故現場付近の道路を時速約七〇キロメートルで走行中、約七〇メートル前方の横断歩道にある車道用の信号機の信号が青色を表示しているのを確認した後、考えごとをしながらそのまま進行したところ、直前に横断歩道を右から左に横断中の控訴人千明を発見したが、回避措置をとる間もなく同控訴人に衝突したこと、衝突場所は、被控訴人田代の進行方向から見て、車道左端から一・三メートルの位置であり、被控訴人車の前部左側に控訴人千明の左側面が衝突したこと、同控訴人は本件事故当時飲酒をしていたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によれば、本件事故は、控訴人千明が車道を五・八メートル横断した時点、被控訴人田代が対面信号を確認してから約三・六秒経過した時点に発生したものであるということができるが、控訴人千明が押しボタンを押したのかどうか、横断の速度など、同控訴人の行動を確定するに足りる直接の証拠はない。しかし、右の事実によれば、控訴人千明が押しボタンを押さないまま横断した疑いが強く、仮に同控訴人が押しボタンを押してから横断を開始し、かつ、ボタンを押したことにより車道用の信号機が直ちに黄色に変わつたとしても、同控訴人は、深夜、対面信号が赤色を表示している時に横断を開始し、かつ、本件事故に遭遇したものと推認することができ、その過失は小さいものではない。したがつて、見通しのよい道路状況下での被控訴人田代の前方不注視、速度超過の過失を勘案しても、控訴人らの損害額につき三割の過失相殺をするのが相当である。

そうすると、被控訴人らに対して請求し得べき損害額は、控訴人千明の分が九三五二万六五五三円、同秀雄及び同とよ子の分がそれぞれ一七五万円となる。

六  控訴人千明に対する損害の填補 一一二三万五七九三円(争いがない。)

七  弁護士費用

本件訴訟の経緯、認容額等に照らし、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、五〇〇万円が相当であると認められるところ、控訴人らは、弁護士費用を控訴人千明の損害として請求しているので、これを同控訴人の損害額に加算することとする。なお、被控訴人らは、控訴人秀雄が被控訴会社が契約をしている保険会社からの損害金内払いの申入れを拒否し、右保険会社に執拗に無理な要求をし、話合いによる解決が出来ない状況を作り出したとして、弁護士費用を負担すべきいわれはない旨主張するが、右のような事情があつても、いまだ相当な額の弁護士費用が本件事故と相当因果関係のある損害であることを否定することはできないというべきである。

八  結論

以上に述べたところによれば、被控訴人らは各自、控訴人千明に対して八七二九万〇七六〇円、同秀雄及び同とよ子に対しそれぞれ一七五万円並びに右各金員に対する本件事故発生の日である平成三年二月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人らの附帯控訴に基づき、右と異なる原判沃中控訴人千明に関する部分を右のとおりに変更し、その余の附帯控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 清水湛 瀬戸正義 小林正)

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